さよなら、さよなら。



大好きなスターチスの花を抱きしめて思った。

いつの日か、大切なあの人に……伝わる日がきますように………。







*






私を一言で表すと「我侭」という言葉が最も似合うだろう。
欲しい欲しいと求めてばかりで与えることを知らなかった。
無知と言えばそれで終わりなのかもしれない。
しかし私の世界は、求めることで始まり、与えられることで成り立って進んでいっていたのだ。


それに比べ彼は私に何かを与えることを幸福と感じているように見えた。
何も知らない他人は彼を愚か者だ、と言うかもしれない。
しかし彼の世界もまた、そうやって出来上がっていたのだ。
そして私にとっては、彼は決して愚人などではなかった…。






「あきら」


九時半きっかりにいつも秋臣は私の部屋へやってくる。
変化のない毎日。しかし、一度だってそれを嫌だと思ったことはなかった。
彼が私を呼ぶ声はいつだって優しい。
どんな時もその声を一声聞くだけで、安心することが出来たから。



「今日はどこへ行きたい?」
私の据わる椅子へ手を書け、笑顔で尋ねてくる。
どこか遠くへ…そんな我侭でさえ、貴方は聞き入れてしまうのでしょう…?
それを知っている私は求めずにはいられなかった。
今欲しいものを、貴方だけには求めて良い…それが私のたった一つの"常識"。
だけど、だけど…ねえ……

「あきら、言ってごらん」

そんな優しい声色で、もう、呼ばないで……。









冬が近づいてくると、風は余計に冷たくなり肌をさす。
ぶるっと体を震わせると、そっ…と肩にブランケットをかけてくれた。暖かい。


「今日は一段と冷えてきたね…早く中へ入ろう」
「えぇ……ねぇ、秋臣。」
「なんですか…?」
「今年は、雪は…降るかしら……」
「……今年は例年より暖かい…暖冬だから、きっと降らないよ…」

そう微笑みかける彼の顔は、いつもとは違っていた。
悲哀を隠そうとする表情。自然とにじみ出る、哀愁。
彼も理解していたんだ、と一瞬で察した。


その、微笑一つで。






ずっと悩んでいなかったわけではない、いつだって、そういつだって考えていた。
"このままではいけないのだ"と。しかし、この現状に甘えることしかできなかった。
どうやってこの曖昧な心を伝えれば良いのかわからなかったのだ。
本当は彼自身に聞けばよかったのかもしれない、だが2人で過ごせる時間は、本当に短かった。
その間だけでも…という思いが私を引き止めた。
彼のいないときには自分自身に嫌悪感さえ抱いた。
しかし、彼のくる九時半は私の全てだった…その瞬間からは、小さな夢を見れる。
他には何もいらない、『今』だけは壊したくなかった。








神様の気まぐれは私を次の季節へと運ぶ。花が散り枯れていくたびに、次は私の番かと目を瞑った。
春の風も、夏の暑も、秋の夕暮れさえ連れて行けなかったけれど、雪の静かな冷たさはきっと導くだろう。


私の、命を。














初雪。私の顔色は、雪のように白かった。

















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