あの夜確かに君は。
あの夜確かに君は。
四角い小さな箱越しに、「助けて」と呟いた。
昨日の出来事は私の頭のノートに、色濃く書かれている。
きっと一生それが希薄になっていくことはないだろう。
彼とは深く関わりもなく、あまり素性も知らない。
友人の友人で、偶然話をした時にアドレスを聞いていた。
しかしそれ以来全く連絡を取り合うこともなく、あの時は挨拶程度・表面上のアドレス交換だった。
出逢いから幾らかたったある日の深夜、雨が降り続けて空を雷鳴が轟いていた。
雷は小さな頃から苦手だ。
布団を深く被り、音を遮断しようとしたが意味はなかった。
そんな中突然鳴り始めた、携帯。
不思議と雷鳴とは混ざらず、全く別の空間で鳴っているように私の耳には聞こえた。
その感覚は初めてのことで……私は戸惑いつつも起き上がり、通話ボタンを押した。
非通知と表示されていた…一体誰なのかと溜息を漏らす。
すると、静寂が流れ一向に喋り始める気配が感じられなかった。
「ちょっと、こんな時に誰よ?なんで何も話さないの?」
「……」
沈黙を決して破ろうとしない誰か。
気持ちが悪くなり、電話を切ろうとした瞬間だった。
「………助けて」
(ブチッ………ツー…ツー…ツー………)
一度だけ、しかも程度の知れた会話。
しかし私にはたった一言で、すぐに彼だと確信することができた。
「な……んば……君?」
難波、敦彦。私は彼のことを何一つ、知らない。
彼は次の日、ひっそりと行方を眩ました。
あの言葉は、なんだったのだろう。全ては謎に包まれたまま私の胸の中だけに残った。
だけど確かに彼は、私に何かを求めていた……。
あの携帯の着信音と同様、彼の言葉も何か別空間の中に置かれていた。
外に響く雷鳴と比較すれば蚊の鳴く声のようだった、小さな叫び。
それでもその言葉は、私の耳に付いて今も離れない。
continue...?