記憶の中の鮮やかな君に








たった一度きりの、出逢い。








人は出逢いと別れを繰り返して生きていく生き物だと、私は思っている。

それは自然の摂理であり、変わることはない…とも。



しかし、彼は私の中で明らかに別格となり始めている。

心に住み着き、染み込んでいくような感覚。

嘔吐しそうになることもある程、何故か私自身が追い詰められていた。




彼が行方不明になってから1ヶ月。未だに行方は掴めないのだ、と友人は嘆いている。

彼と仲が良かったらしい彼女は、泣きながら身を案じていた。

しかし私には不思議と彼の気を感じることが出来た。


口にはしない、だが、彼は生きている。必ず。















ある日、私の家の前に彼が座っていたときにも不思議と納得できた。

恐怖心や疑心が生じることもない。

ただ彼も、私を感じているのだと思った。



「……お帰り」

「……あぁ。」



こうして奇妙な同居生活が始まった。

彼は私の部屋から出ることはなく、いつもそこでじっとしている。

話すのは単純な内容で、今日何があったとか、そんなことばかり。

だけど彼が楽しそうに笑う、それだけで全てが認められた気がした。












しかし、そんな生活がいつまでも続くはずはなかった。

また1ヶ月がたった頃、買い物を終え家に帰る。

すると彼は一通の置手紙と共に忽然と姿を消した。








別れはいつか来るのだと私は知っていた。

それでも彼が傍にいることが日常となり始めていた今。

私の心は、強く締め付けられ苦しんだ。

そっと手紙の封を開け、丁寧な手つきで取り出す。

気持ちとは裏腹にその手つきは落ち着いていた。





言葉一つ一つに涙を流しつつも、全てのなぞが解けていく。













俺たちは、兄妹だ。知らなかっただろ?

だけど生まれてすぐに俺らは引き離された。

一度で良い、会ってみたい。そう思っていたときお前の行方を知った。

共通の友人がいるなんてな、驚いたよ。

だからそいつを通してお前に会ったんだ。


だけどそれからは連絡を取る勇気がなかった。

お前は幸せそうに笑っている、何よりも幸せそうに…。

それだけで俺は満足だ、幸福なのだ…そう思った。


だけど……。


あの日の電話、お前は俺だってわかってくれたんだな。

もう苦しくてしょうがなかったんだ。



唯一の血縁者であるお前にすら、何も言えないなんて。



最後の家族だった父さんももう死んじまった。俺は独りぼっちだ。

寂しさも何もかも終止符が付けたかった。

だから、お前のところへ行った。



会ったとき、お帰りって言っただろ?

すごい驚いたんだからな、お前も知っていたのかって。

だけどもう血も何も関係ない。知っていたか知らなかったかなんてどうでも良いんだ。









俺らの間で何かが繋がっている。









これから一生会えずとも、切れない糸を見つけたから。


突然のことに驚くか?いや、お前ならきっと受け入れてくれると信じてる。


一生会うことはないだろう。

我侭な俺を、どうか許して欲しい。

だけどいつだってお前のことを思っているから。

色んなことひっくるめて、お前のことを愛しているよ。


体には気をつけて、元気でな。



































悲しみは深く、だけど驚きは少なかった。

パズルの最後の欠片が合わさった時のように、全てを理解した。


今の家族が本当の家族かどうかなんて関係ない。

私を心から愛し、育ててくれたのは彼らだ。


自分の知らないところで、ずっと愛してくれていた人がいたこと。

そのことが、強く心を揺さぶった。



だけど誰よりも私が思うのは、彼のことだ。

なにも知らずに笑い、返事が返ってくる、幸せ。

一緒にあの部屋にいるだけで、それだけで良かったんだよ。

















だけど知らないまま、一生を終えなくて良かった。

この世界のどこかで、他人には干渉のできない切れない繋がりを持つ人がいる。













それだけで私は、一生寂しさを覚えずにすむから。































あの夜確かに君は。

四角い小さな箱越しに、「助けて」と呟いた。

言葉の意味を知った今、私も貴方に伝えたい言葉があるの。


「お兄ちゃん」


あの日の出来事は私の頭のノートに、色濃く書かれている。

きっと一生それが希薄になっていくことはないだろう。



彼とは深く関わりもなく、あまり素性も知らなかった。

偶然だと思った出逢いは偶然ではなく、不自然に思った同居は不自然ではなかった。


それだけで、


「ねぇ、お兄ちゃん。























ずっと、ずっと思っているよ。愛して……いるよ」





































記憶の中の鮮やかな君に、そう、伝えたいと思える。





























End...