君を思い出すよ。月明かりが僕を照らす限り。 深夜、住宅地の中はシンと静まり返っている。 人一人いない道はやけに寂しく、そして怖い。 それでも僕は行かなきゃいけない、歩く足を早めた。 夜の学校ほど、何かをかもし出す場所はない。 少しだけ恐怖を感じる胸を押さえ、柵を超え中へと入る。 第一音楽室まで走っていくと、そこには君がいた。 「来た、秋くん遅いよ」 「ごめん、ちょっと家出るのに時間かかって」 彼女はいつものように微笑んでいた。 「ねぇ、ピアノ、弾いてよ」 変わらない笑顔で、微笑んでいた。 「…あぁ、何の曲が良い?」 「ん〜今日は月が綺麗だから…月光かな」 「了解、じゃぁ弾くよ」 流れ出すのは切ないメロディー。 彼女はピアノに肘をつき、眼を伏せているようだ。 真剣に弾きつつも、ちらりと彼女を見た。 泣いていた。 瞳を瞑って、長いまつげの間から大きな雫をこぼしていた。 その様子は、誰よりも綺麗で…。 僕は弾きつつも、そのメロディーに同調するかのようにゆっくりと涙を流し始めた。 そんな僕の様子を見て、彼女は微笑みながらもその涙を拭わずにいる。 曲の終幕に近づくにつれ、彼女は嗚咽を漏らし始めた。 僕はその手を止めないように必死だった。 その時、ふと気がついた。 あぁ、これが別れなのだな、と。 そして、このままこの曲が終焉を迎えることがなければ良いとさえ願った。 だけど、必ずどんな物事にも終わりはやってくる。 最後の一音を、名残惜しくも弾ききって、指を離した。 彼女がまた、あの笑顔を見せて、ありがとうと言ったのが聞こえた。 あのまま眠ってしまったのだろうか。 音楽室の中、眼を覚ます。 ピアノは埃を被り、音楽室の床は古く軋んでいた。 あぁ、全ては夢の中だったのか。 そう気づき、また全てを遮断するように瞼を腕で覆った。 だけど、その前にふとあるものが見えた。 彼女が肘を突いた場所、そこに月の光が差している。 ありえないことかもしれない、何かの偶然かもしれない。 だけれど、彼女のいた場所にのみ埃は微塵もなかった。 夢であえたら、そう願い続けた僕への贈り物だろうか。 どんな形でも良い、君にあの曲をもう一度聞かせてあげることができた。 それだけで、君との全てを優しく見つめられる。 月光、悲しい響。 だけれど僕の胸を焦がし続ける君となら、いくらだって優しくなれる。 (今もまだこの耳に残る、あの夜の月光.月明かりの下、いつかまた君に)