さよなら、さよなら。



「あきら……あきら!!」
いつもよりも早く秋臣は私の部屋の戸を叩く。
私を強く、強く抱きしめる。『何処へも行かないよう』、そんな思いを感じるくらい。
最期まで貴方は私に与えてくれるのね……。
優しく呼ぶ名前。暖かい……熱
涙がこぼれても拭うことはできない。もうこの腕は、一寸もあがらないから。




ねぇ、秋臣。さよならを伝える前に私は散ったけれど、この言葉は伝えられたかしら…?
私は幸せでした、貴方のぬくもりに包まれたまま、死ぬことができて。
貴方からもらった優しさは、またいつか出会える時に返すから。
今度は貴方を、私が包んであげる。
きっと、会いに行くから。だから、その日まで……。


さようなら、さよなら秋臣。







*





一冊のぼろぼろのノートに、拙い文字で書かれた文章。
彼女のいなくなった部屋で秋臣は一人、読んでいた。
事実どおり。いつもより少し早く部屋へ飛び込むところも、強くぎゅっと彼女を抱きしめとことも。



「あきら……君は、わかっていたんだね」





書いている姿は容易に想像できた。
俺が己の部屋へと戻って行った後、彼女は少しずつ物語を進める。
だんだんと綺麗だった文字が揺れ始めている。
最後のページは、彼女の元の字とは比べられないくらい形を失っていた。
ぐっ…とペンを握り締め書いたのだろう…文字は濃くノートに刻まれている。
しかし形を失えば失うほど、筆圧が濃くなるほど、文字から思いが染み出てくる。



一文字でも書くと、文の左側に日付をメモしていた。
その日付を確認していくうちに、心が締め付けられていくようだ。









最後の文章は、あの初雪の前々日だった。