その頃の私と言えば、簡単なことで泣けてしまえるくらい涙腺が弱くなっていた。

「パトラッシュー!」…涙。「助けてください!」…涙。

元から単純な性格ではあったが、よもやこれ程までかと自分自身に驚くほどだ。

きっかけは大切なお守りをなくしてしまったのだ。

人から見ればその程度のことで…と言うかも知れないが、私からすれば大問題である。

涙が涙を誘うはずもなく、誘うのは同情心ばかり。

友人の多くはぼろぼろと泣き続ける私の背中をぽんぽんとたたき、落ち着けと言ってくれた。

その優しさにまた泣いてしまうのだ。




しかし、一番の問題は泣くことではない。




昔から涙は女の武器だと言われるくらいだから。そう、問題は私の泣き方だ。

……見た目は父と母に感謝するほど別に悪くない。自慢ではないが高校時代はもてたりもした。

しかし、あまりにも泣き方が男らしいのだ。

あれは忘れもしない、こんな風になってしまってから数えて最初の彼氏とのデート。

映画を見に行った。あまりにも感動してしまった私は思わず泣き始めた。

普通ならここで彼氏はこの子可愛いな、とか思ってもらえる重要ポイントである。

しかし、私が泣き始め、本泣きに入ると彼氏の顔は少しひきつっていた。

「うぉぉ」

これは映画の呻き声でもなんでもない。列記とした私の泣き声である。


この彼氏とは数日後、別れた。


その後は人前で泣かないように、泣かないように、と気をつけていても思わず泣いてしまう瞬間がある。

しかも、今は涙腺が酷く緩い状態だ。こればかりはどうしようもない。…どうしようもないのだ。







帰り道、いつも通る中央公園を歩いていると何もないところで蹴躓く。

「な…なぜだ、なぜ不幸は続くんだ…うぉぉ」

そう言って泣いていると、後ろから笑い声が聞こえる。

「大丈夫ですか?すごい泣き方ですね。」

そう言ってハンカチを貸してくれた。涙を拭きぐすぐす言って何もいえない。

彼はまだ泣き続ける私に手を伸ばす。思わずその手を握るとまた涙があふれてきた。

「ごめんなさぁぁい…うぉぉ」

「そんな謝らなくて良いから、落ち着いて、ね?」




何とかだんだんと落ち着きを取り戻した私は、やっとの思いで彼の顔を見た。

空気が止まる。あぁ、なんてこった。

「春野…」
「早苗…か?」
春野和彦。彼は私こと早苗奈子が今片思いしている相手である。
撃沈、とはこういうときに使うのだろうか。
「早苗、泣き方すごいな」
春野は笑ってる。まただ、これで恋が叶うことはなくなったのだ。




「だけど何かすごくすっきりしたよ、その泣き方見てたら。俺ちょっと嫌なことあってさ、変な話だけど…ありがとう?」

ん?と首を傾げ、笑う。

「好きなの…。」

彼のその笑顔を見ていたら、思わず思いが口からこぼれた。

しかも、そんな前向きなこと、この泣き方を見た後に言われたのは初めてだったから…。

「…え?」

春野はすごく驚いた顔をしている。あぁ、やってしまった。

「ご…ごめん、忘れて!!」

「あ、おい、早苗!!」

春野が呼んでいるのも無視して私は走り始めた。だけど春野は追いかけてくる。

「なんで追いかけてくるのよ、バカ!!」

「バカとは何だ、バカとは!」

そう春野が叫んだところでつかまる。

「振られるのくらい分かってるの、あんな泣き方見られて…ほっといて」

言ったところでまた涙が浮かんでくる。涙腺が弱まっているにも程があるだろっ、そう自分に突っ込みをいれてみる。

この状況でさえ、頭の中で一人突っ込みが出来るのだから、私は結構すごいのかもしれない。



そんなことを考えているうちに私の涙は防波堤を超えてあふれてきた。もう止まらない。





「早苗、よく聞けよ?」

「聞きたくない……う…ううぅ……」





「…俺もお前のことが好きだ」





「同情なんていらないよ…うぉぉ」

「同情なんかじゃない、俺は本気だから」

突然、ぎゅっと抱きしめられる。あまりにもびっくりしすぎて、涙がとまってしまた。

「お前が最近涙腺弱まってるのも、泣き方がすごいのも知ってるよ。

ずっと前から好きだったんだ…理由は知らないけど、悲しんでるお前見てるとそれだけでつらかった。嘘じゃないんだ、本当に」

そっと体を離し、顔を見つめられる。春野の表情は至って真剣だった。

「本当に…本当に信じて良いの…?」

「あぁ、頼むから信じてくれって」

いつものように微笑む顔をみていたら、信じて良いんだ、と素直に実感した。





こうして私の恋は報われたのだ。

泣き方は相も変わらず男らしいが、涙腺の方は正常に働くようになってきて…おかげで毎日すこやかに暮らせている。





しかし、「私の一番大嫌いな涙がこの恋を成就させてくれた」と言っても過言ではない……。



それだけは、何だか癪だけど……ね。