夕焼けに染まる背中
誰もいない居間には、母からのでかけてくるという書き置きがあった。
横目でそれを見ながらも、夕貴の頭の中にその文字は入ってこない。
ゆっくりとした動作で近くにあったはさみを持ち、封を切る。
なんのへんてつもない、真っ白な便箋。
誰よりも綺麗でいて細い字で綴られた、空良からの初めての手紙…。
*
夕貴へ
いきなり手紙なんて驚いた?約束の5年後だもの、私も自分の足で会いに行きたかった。
前に5年に1回しか会えないって言ったよね、なんとなくわかってたかもしれないけど、私病気なの。
先天性のもので体に出来る限り負担をかけちゃいけないってお医者様から言われてて…
家の外に行って良いのは5年に1度、精密検査のために少し遠い病院に行くときだけ。
後は家にいるお医者様にみてもらってるんだ。
病気がわかったのが5歳の誕生日。
あなたに初めて会ったのはその病院に行った帰りだった。
両親は泣いていたけど、私はその時はまだ病気自体をよくわかってなくて、無理を言って土手を歩いていたの。
そして、あなたに出会った。
明日も会える?って聞かれたとき、嬉しかった。すごくすごく、嬉しかったの。
だけど私は何も言えなかった。
なんでだろうね…最初は分からなかったにしろ、頭の隅では理解してたのかもしれない。
明日から家から出れなくなるんだって…だから…。
もぅ土手で私を待たないで、お願い。そこにはもう行けないから。
ごめんなさい、ごめんなさい…ずっと待っててくれて、本当にありがとう。
さようなら。
染井空良より
*
手紙に染みができた。ぽたりぽたりと増える痕を止められない。
手紙の文字が滲んで見える・・インクの上に落ちた涙は広がり形を失った。
拭っても拭っても溢れ出すのは涙だけじゃなぃ。
今までの積もり積もった思いが溢れてくる。
俺は本当に君の事を何も知らなかったのだと実感した。
字が綺麗なことも、あの日が誕生日だったことも、病気だったことも。
苗字ですら。
だけど、君に会いたい。 会いたくて、会いたくてしょうがなぃ。
俺は始めて会った時から君のことが…好きだったんだ。
手紙を握り締めて誓った。君に必ず会いに行こうと。
手紙の右端にあったぼやけた文字は、俺の涙のせいじゃない。
きっと君も…。
(では人は何かを知ったとき、愛することを止められるとでも?)